第三章
……心臓の音が聞こえる。
開けない暗転した世界の中で。生温かい血の流れるのを感じながらまるで取り出された心臓を耳に当てられているかのようにはっきりと。
「愚かな奴だ」
そろそろと瞼を開いたが黒に慣れた目には外の世界の光はあまりに眩しかった。う、と眩んで目を細めた先で小さく呟いて見下ろすのは。
「ま、すた」
「つけられてないみたいだね」
「そのようだ」
状況も呑み込めないままマスターは手首を解放して立ち上がるしクレイジーはゆっくりと息を吐き出して腕を伸ばしたり肩を回したり。
「さて。状況を聞こう」
「こっちの台詞だよ!」
ルーティはたまらず声を上げた。
「さっきのは!?」
「尾行されていないとも限らないだろう」
「お前がどの程度の覚悟でこっち側に付いたか確かめる必要もあったし」
色々と納得はいかないが正しい判断だ。簡単に信用して受け入れては本当に自分が政府の差し向けた密偵だった場合何もかも筒抜けになる。今後の作戦や行動の隅々まで。そうでなくとも自分が殺されてしまうと知って掌を返されたのではたまらない。以上を踏まえて鎌をかけたという話であれば亜空軍を率いる主将などという肩書きも伊達ではないことが窺える。
「まさかお前たちが微塵も疑わないものだとは思いもしなかったけどね」
クレイジーが冷たく視線を遣ると緩んだ空気が緊張に張り詰めた。先程マスターが吐き捨てた言葉もあながち嘘ではないということか。
「も、……申し訳ありません」
ダークウルフは冷や汗を浮かべながら誰よりも深く頭を下げた。