第二章
「え」
不意に手首を掴まれた。
「うわっ!」
かと思えば視界が一回転する。同時に手首を捻られたような痛みを感じながら背中を強く打ち付けて悶えている間に頭上に影が落ちる。そろそろと顔を上げると驚いたことにあの人が──マスターが腰に跨って此方を見下ろしていた。
「ぁ」
安心するべきなのに緊張が解けない。見下ろす視線の何と棘のように鋭く。氷のように冷たいことだろう。自分の心臓の音が妙に耳に障る。凍りついた空気に口の中が乾いていく。
「どういうつもりだ」
喉の奥で支えたように声が出ない。
「何故。鼠が紛れ込んでいる」
機嫌を損ねた声は低く体の芯に響くように。
「お前が招き入れたのか」
視線は真っ直ぐ此方を見下しながら。
「スピカ」
くっと奥歯を噛み締めて。口を開こうとした幼馴染みにすかさず視線を飛ばす。ここは堪えてくれと口を閉ざしながら視線で訴えかける。
「使えない奴らだ。主の命令なくしてここまで無能で愚かなものだとはな」
マスターは冷めた声色で吐き捨てる。
「クレイジー」
そうして彼が静かに呼びつけたのは最愛の弟。破壊神。二つ目の影が差せばそれはもう自身のいる場は闇そのものだった。
「──殺せ」
それは。
断頭台の刃が落とされるかのように無慈悲で。
風に揺すられた草木のざわめきが遠く。不穏を感じ取った鳥たちが飛び立つ。冷酷極まりない決断に誰も反抗的な意見を述べる者はなく。
水を打ったかのような静寂の中で。ルーティは最期の刻を数える針の音が体の内側で響き渡るのを虚無の中で確かに感じ取るのだった──