第十章



絶望は。希望から切り替わる瞬間こそ深いものになるのだと誰かが得意げに語っていた。果たしてそんな悪趣味な知り合いがいたか否か覚えがないが兎角何でもないやり取りの後で見せられたその光景は絶望と呼ぶに相応しく。

「……く」

ダークウルフがぽつりと声を漏らす。

「クレイジー様……?」


引き摺る音。蠢き犇く影。


巨大な黒い塊だと思っていたそれはなんと触手の群れだった。その中に左腕を捕らわれて頭を垂れる少年をまさか見間違えるはずもなく。腰から下は触手の群れに埋もれて確認できないがまさかそれだけはないと信じたい。前髪の隙間から窺える虚ろな左目には光が宿っておらず、そもそもが此方に気付いていつもの調子で声を荒げない辺り彼自身の状態は正直言って絶望的なものである。

それに加えて追い討ちをかけるように、根本は繋がっているのだろうが塊とは別の触手が地面に点々と倒れ伏せた何かに赤々とした鋭利な先端を突き刺して──まるで中身を吸い上げるかのように運動している。この時まだ暗闇に完全に目が慣れ切っていない自分にルーティは深く感謝した。


あれは。

見てはいけないものだ。


「ひゃーえっぐぅ」
「これはなかなか」

この手の惨状など見慣れているのであろうダークフォックスとダークファルコが口々に感想を述べるので今はそれだけで充分だった。ルーティは既に喉奥まで込み上げてきていたそれを大きく息を呑み込んで押し戻してから恐る恐る口を開く。

「クレイジー、は」
「生きているよ?」

返ってきた答えに安堵した。

そんな状況などでは決してないが。

「お兄様には絶対に負けたくない」

ダーズはその光景をじっと見つめながら。

「絶対、絶対絶対絶対……」

繰り返す。

「ボクがお兄様を殺してあげる……!」
 
 
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