第十章
そこまで言って、……スピカは口を閉ざした。
「……?」
漠然としない違和感が降りかかる。
見た目だけで言うなら寸分の疑いもない。それでも例えば──あの時目にしたマスターとクレイジーのように姿形が似通っているだけの複製という可能性も考えたが本物だの偽物だのと強い拘りを持つダークシャドウたる彼らが想い慕うその人を間違えるだろうか。
そうだとしても。双眸を赤にも紫にも染められていない時点で様子がおかしいのだ。
「スピカ」
試しに名前を呼んでみる。
「ダークピカチュウ」
反応がない。
「えっと」
そんな漠然としない違和感はどうやら彼、ダークウルフも感じ取ったようだった。本当の名前と、記憶を封じ込められていた際に与えられていた名前のそのどちらにも反応を示さないのを見て力が抜け落ちたかのように前のめりになっていた体をそろそろと引いていけばダークファルコとダークフォックスも怪訝そうに顔を見合わせて捕らえた腕の力を抜く。
声も姿も彼そのものなのに。
生まれるはずのない疑念が渦を巻く。
本当に。
彼はスピカなのだろうか──?
「変なの」
静寂を破るように。
「たくさん名前があるんだ?」
けたけたと笑いながら。
「そんなこと。どうだっていいのにね?」