第八章
くっと奥歯を噛んで眉を寄せる。
「ルーティ!」
次の瞬間──ルーティは空中で素早く身を翻してウルフの腕を掴んでいた。直後に反対の手で崖に掴まったが右手一本で自分よりも大きな男を引き上げようなんてことは到底不可能である。
「ルーティ……!」
駆け付けたラディスが必死に掴まるルーティの左手を掴んで引き上げようとしたがこれも当然無茶な話。何と言っても今現在の彼の姿というのは誰より小柄で頼りのない電気鼠である。
「ァぐ」
ウルフが呻いた。
「グゥアアアア……ッ!」
何が苦しいのか何が痛むのか──兎角喉奥から絞り出したかのような悲痛な声を上げて身を捩り、暴れるウルフにルーティは固く瞼を瞑る。絶望的なこの状況を打開する手立てなど残念ながらあるはずもない──唯一それがあるのだとしても選び取りたくない選択肢など端から除外していた。
「っ……そんなの、絶対に……嫌だ」
真下には白一色の世界が広がっている。
「諦め、悪いんだよ……僕」
ルーティは苦笑をこぼす。
「グァアアッ!」
まるで話など通じていない様子でウルフは空いたもう片方の手でルーティの手に爪を立てた。それが本来自殺行為であったのだとしても今現在洗脳により理性を失われている彼が知る由もない。
「っ、僕は……」
崖に掴まる手に望まない汗が滲む中。
「僕のために、誰かが犠牲になるのは嫌だし」
くっと眉を顰めて叫ぶ。
「自分が犠牲になるのだって──嫌だッ!」