第一章



その声に応えるようにマスターは左脇を抱えていた右手をそろりと下ろす。

「まったく」

依然として目の色を変えないクレイジーの隣に進み出ると頬に触れて。

「手の掛かる連中だ」

重く。瞼を擡げて向き合った。同じようにして左手を頬に添えたかと思うとその少年は徐ろに首筋に顔を埋めて──牙を立てる。

「……!」

兄なる少年はびくっと体を震わせると薄笑みを浮かべて愛おしそうに弟の髪を梳くようにしながら後頭部に右手を回した。やがてその蒼海を映したかのような美しい右目が紺色に深く沈むと目尻から赤黒い雫がこぼれ落ちて。


噛み付いて喰らう。──破る。


「、!」

空気が震える。ぴりぴりと突き刺すような。

見る目を疑う愛し愛するその人の皮膚を破って赤い赤い血肉を晒せば。黒という黒が湧き出る泉のように次第に質量というものを増して──噴き出す。狂気の双子に纏わり付く。

「ぅ」

不穏な風に撫でられてルフレとマークも意識を取り戻した。事態に気付き慌てて起き上がるも抑止に間に合うはずもない。墨汁を用いて筆で書き殴ったかのような黒は群れを成して激しく飛び交いながら五つの剣を生成する。その一方双子はまるで装甲のように黒を纏うとそれぞれ紅と蒼の灯を妖しくともした眸を擡げて。
 
 
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