第五章
リムの向かう先には。
「クレイジー」
兄が静かに名前を呼べばそれが合図。引き金。ゆっくりと擡げた左目に紅く光が灯れば殺気が突き刺さる。ルーティもカービィも嫌な予感というものを感じ取って飛び出そうとした。
「マスター!」
男性の声。その瞬間マスターの意識は引き戻されてクレイジーが動き出そうとするのを右腕を差し出して静止を促した。その間にも拳を引く彼女との距離は縮まろうというのだ、反射的とはいえ何故そんな判断を下したのか自分自身に困惑を抱きながら防壁を展開した直後。
「……!」
雷鳴と共に青い稲妻が駆ける。防壁に衝突するより先にリムの体は弾き飛ばされる。
ルーティは驚愕した。マスターとクレイジーの前に飛び出してきたのは先程までぐったりと横たわっていたピカチュウだったのである。赤い頬袋にぱちぱちと閃光を跳ねては弾き飛ばしたリムを尻尾を立てて威嚇しているものの怪我を負っているせいか立つのもやっとの様子で。
「キーラ様が呼んでる」
ピチカが空を見上げて両手を組んだ。
「今、行きます」
恍惚と目を細めて呟いて。ぱたぱたと駆け出すピチカの後をリムも追いかける。願わくばこの戦いの中で洗脳を解ければと思っていたがその方法も確立していない現状では泥沼化する可能性だってある。ルーティは二人の気配が完全に無くなるまで警戒していたが、どさりと何かの倒れる音を耳にすると振り返って。
「……ピカチュウ!」
慌てて駆けつけて抱き上げる。残り僅かな力を振り絞ってまでマスターとクレイジーを守ろうとしてくれたんだ──ルーティは眉尻を下げて優しく小さな体を抱きしめて目を閉じる。
「ありがとう」