第十一章-中編-
現在クレイジーは兄を前に繰り返し呼びかけながらその手で優しく触れている。
此方には一切の目もくれない。興味がないのだろう。だとして本当の意味でとどめを刺すのは今しかない。愛する兄の傍で最期を迎えられるのなら、きっと。
……とどめ、か。
「兄さん」
本当にそれでいいのだろうか。
マスターは自身の過ちに気付いて生を譲った。分かり合えた。けれどクレイジーはどうだろう、今ここで殺したところで深い憎悪に苛まれながらこの世界を、人々を呪うだけなのでは。
だから話し合える雰囲気でもない。それに、そもそも今の彼に手を出そうものなら音に気付き反撃される。一斉銃撃なんて死人を増やすようなものだ。
彼は言っていた。
可能性(フラグ)を壊すことで死を回避できるのだと。
そのお陰でクレイジーはもちろんマスターも死んでいないのだろうが、マスターに関してはいわゆる植物状態であって次に目覚めるのはいつになるかも分からない。彼を頼って説得するのは不可能だ。
そもそもの話が、自分の望みを阻むものであればいくら兄が言っても攻撃の姿勢をとる弟だ。納得するよう話を丸め込むにはこちら側のリスクが高すぎる。
ああでもないこうでもないと頭を巡らせて。
砂利を踏む音にはっと顔を上げた。
「優柔不断だね」
その人は鞘からおもむろに剣を抜いて静かに払う。
「……うちの馬鹿は」