第十一章-前編-



――頼んだぞ。

確かにそう聞こえた。それが誰に向けられたものなのか分からないまま。


音が弾ける。


「っ、」

それはクレシスが地面を強く蹴り出した音だった。

黒煙を突き破り、飛び出す。それはまるで弾丸のように。

「クレシス!」

構えるマスターの目前にまで間合いを詰めた後、右足を引きつつ黒い電撃を纏わせ爪先で蹴り上げる。マスターは直前で仰け反り躱して回し蹴り。

クレシスは蹴り上げた勢いに乗せて空中で後転する最中。咄嗟、蹴りの起動に合わせて体を捻り回し蹴りを返すが、見えないバリアに阻まれ青い一線。クレシスが顔を顰め舌打ちをこぼし飛び退いたその直後、一線を辿るように斬撃が駆ける。

その間瞬きをする間もなく。二秒かそこいらの接戦。

「心配すんな」

間を置かず戦闘が始まるのをラディスはただただ見惚れていたが、その時傍らに跪いて治療を始めたのはマリオだった。あの黒煙の中でいつの間に紛れ込んだのやらゲムヲから救急箱を受け取って消毒液を綿に染み込ませる。

素直に腕を差し出すと、傷を負った箇所をぽんぽんと優しく叩かれた。それでも、薬が傷に染みるので苦い顔をしていると。

「お前の口癖だろ」

……そいつを言われたらなあ。
 
 
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