第十章-前編-



「先程、防衛省が他国に緊急で応援要請を出しましたから」
「そうじゃないだろよく見ろこの現状を!」

声を荒げているのは処置ベッドの上で腰を下ろして負傷した右足の治療を受けている初老の男性だった。治療中の看護婦は黙りを決め込んだが、医師の男が落ち着かせようと声をかけてみればこうである。殴りかかりはしないだろうが、今にもそうしないばかりの勢いに患者や付き添いの人たちは皆、目を逸らして。

「これから怪我人はどんどん増える」

看護婦は治療を終えると包帯を巻き始めた。

「怪我をするのは一般人だけじゃない、優先順位もある」

男性は溜め息を吐き出す。

「今、戦わないでどうするんだ」

このまま怪我人が増えるだけでは戦況は変わらない。

確かに、男性の言い分は正しい。部隊が肩を並べて応援要請を出しに行ったとして得られるものに恐らくのこと違いはない。一刻も早く戦況は鎮めなければならないというのに、今現在戦場に出て戦っている兵士は少ない。

「……そうだよなぁ」

賛同する男の声。

「今は治療で手一杯だし人手も不足、怪我人も増える一方、なのに戦況は何ひとつ変わらない。本当に兵士が出て戦ってるのかよ」


陰る。


「どうせ自分達だけ安全な場所に引っ込んだんだろ」
「馬鹿を言え、レイアーゼの部隊がそんなことするかよ」

……そう映るのは当然だ。

「どうだろうなぁ」

彼らは何も知らない。

「人間、肝心な時自分しか見えちゃいねーんだからさ」


なのにどうして。

声に出せないんだろう。
 
 
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