第十章-前編-



――当たり前じゃないか、だって。


「兄さん?」

はっとして顔を上げると弟がいた。

「どうしたんだよ。ぼーっとして」

果たしてそうだっただろうか。

「……ねえ」

少し視線を落としていただけだった。なのに、今度弟は目の前まで来ている。驚きはしないが心臓に悪い。悪戯好きなのは昔から変わらないしもちろん可愛いのだがここはやはり兄として他人に迷惑をかけるような行為を見逃すわけには。

「もしかして。僕以外の人のこと考えてる?」


ざわ、と。変な胸騒ぎを感じた。


「……馬鹿なことを言うな」

髪をひと撫でして、小さく溜め息。

「そんなわけないだろ」
「……ふぅん」

いつもなら堪能するはずがぱっと離れた。

「じゃあさ、」

クレイジーは浮遊しながら振り返る。

「仮にそいつが追いかけてきても」

にこ、と愛らしく笑って。

「殺してもいいよね」


誰のことだろう。


「構わないさ」

すっと横切って先へ進む。

「俺には、今も昔もお前だけだ」
 
 
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