第十章-前編-
はっとして振り返った。
元来た道は木々に陰りその先の拠点である屋敷こそ見えないが、屋敷を覆うあの青いバリアだけは遠目でもまだ窺える。
「……、」
嫌な予感がしたのだ。
けれどここまで来ておいて今更、引き返せない。殺し合うような真似だけはまさかしていないとは思うが、あの状態では、時間の問題だろう。人が絶望の淵に陥った時、その瞬間が一番恐ろしい。物事を深く捉えず、何が重要かそれさえ天秤にかけず行動に起こす。いくら想いを込めたところで言葉は通じず、最悪、巻き込む。
……それでも今は、信じるしかないんだ。
「っ、」
まただ。地面が大きく揺れた。
目的の街はもう近い。黒煙が曇天へと昇るのが見える。
――急がないと。街の人たちが心配だ。
ラディスが駆けていくその背で静かに地に降り立つ青年がいた。
ぞろぞろとお仲間さん引き連れて向かっていくかと思えば、一人か? おまけに、屋敷にゃ不気味な色した結界まで張ってやがる……二柱の神が鼠一匹を相手に平伏すとも思えないんだがねえ。チッ面倒くせえ、このタイミングで仲間割れか?
青年は目を細める。
……いや。物事には優先順位ってもんがある。御人好しに侵された早死に顔の集団がまさかここに来て嫌だ怖いなんざ言い出しゃしねーだろ。だとすりゃ、真実を知って戦意喪失が妥当か? くだらねえ、戦士が聞いて呆れる……
青年は右手を口まで持っていき、輪を作って咥え、笛を吹いた。すると何処からともなく顔の輪郭が不定形で、目も嘴も無い異質な様相をした漆黒の巨鳥が二羽、青年の傍に降り立った。青年はその内の一羽の首を撫でつつ、ひょいと跨る。
さて。こっちも急がねえとな。
青年が右足で巨鳥をポンと蹴ると巨鳥は高く鳴いて両翼を大きく広げ、力強く翼を羽ばたかせ地面を離れた。
高く、高く。
上昇して、滑空。青年を乗せた巨鳥は、レイアーゼ上空へと消えていった。……