第十章-前編-
マリオは顔色ひとつ変えなかった。
一方でピーチは手荒く、彼の袖を捲り上げる。
「……え」
しかし次の瞬間彼女は小さく目を開いて。
「嘘……」
ぽつりと声を洩らす。
「……言ったろ」
曝け出されたマリオの右腕。
「大丈夫だから、って」
その付け根にはあるはずの傷が――無かった。
「じっ……じゃあ、この血はどう説明するのよ!」
独特なこの匂いはまだ真新しい血の匂い。好き好んでというわけでは決してなく戦場に出る人間なら嫌でも嗅ぐことになる匂いなので嫌悪しようが結局覚える。先程の推測に間違いはない、怪我をしていたのだとすれば彼以外に有り得ない。
……吐血ではないだろう。あれだけの量なら倒れているはず。
「こんなの、誰が見たって大怪我した証拠じゃない」
マリオは黙っている。
「傷が消えるなんて有り得ないわ。本当のこと教えなさい!」
こんな状況でおふざけをするはずもない。だからといって応急処置の取れる道具は見当たらないし、あの血の量でここまでの治癒、いや完治は極めて異様。
「マリオ!」
なによ。
私がこんなに心配してるのに――!