第十章-前編-



程なくしてひとつの扉の前に辿り着いた。

何の変哲もない、鉄製の灰色の扉。悪気のようなものは感じられず、この先に何か悪いものが潜めていないことだけは確かだった。……いや。

本当にそうだろうか。

「ピーチっ」

クレシスは尻目に視線を向ける。

「大丈夫ですか?」
「……平気よ、ゼルダ」

女子供には見せたくない光景だったな、あれは。皮肉にもその両方に当てはまり、且つ一国を担う王女に見せることになるとは不意打ちにも程がある。何せ、深い傷を負っていると聞かされたのだ。治癒能力、または医療に関する知識を持っているのは地下に降りたマリオを除けば彼女たち二人だけ。酷だが、どう嘆いたところでついて来てもらうしかなかったのである。

「それより、マリオ達が心配だわ」

普段、からかうような言動の目立つ彼女の口からその名が真っ先に出てくるとは。

今回ばかりはああだこうだと口を挟みそうなクッパも黙っている。彼なりの同意を示しているという説が最もだろう。

……それにしたって妙な話だ。深い傷を負っているとは聞かされたが彼らが本当の意味で怪我をしていないことは明らか。それは先程推測した通り、ラディスが救護を求めるよりも先に外の様子を窺い指示を優先させたことが何よりの証拠。加えて動けない、か。ここまで鉢合わせなかった、確かな事実なのだろう。

「……行こうか」
「大丈夫、」
「僕のことはいいから。早く、皆を」


――皆のこと。


「クレシス」

守るものは何ひとつない。勝手に、一人で戦場に飛び出して。

分からないのは、お前の方だ。


ラディス。


「……開けるぞ」

レバーハンドルに手を置いて握り、ゆっくりと下ろす。

クレシスはそのまま扉を大きく開け放ち、一歩、踏み出した。
 
 
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