第十章-前編-
……バリアを抜けた先でぼやけた背中が遠ざかっていくのが見える。
これで、よかったんだよね。内心、そう思っていた。……いや。意地でもそう思い込ませたかったのだ。あんな顔をさせてしまうなんて思わなかったから。
おかしいんだ。どうしてだろう。
平和は、彼が一番望んでいたはずなのに。どうして誰よりも望んでいるはずの彼が逆らうような言動をもって遠ざかるのだろう。
「……ラディス」
正しいはずの答えの側についたのに。何故か胸が締め付けられる。
僕にはそれが、分からない。
……分からないよ。
「うわああぁあああっ!」
クレシスは振り返った。
階段を半ばまで降りてきた頃、唐突にロイが叫んだ。自分は、地下に取り残されたメンバーと意味深に言葉を残して飛び出していったあいつのことばかりが頭の中でぐるぐると、気掛かりで気付かなかったが……
遅れて気付いたとはいえ。それはおぞましい光景だった。
「な、んだよ、これ」
ロイは壁に背中からへばりつくような姿勢ですっかり怯えている。
「ほう。よく出来ている」
「……偽物か?」
「生憎だな。俺が褒めたのは保存状態だ」
さすが魔王といったところか。ガノンドロフはこの光景に動じていない。
「そ、そんなの褒めなくていいんだよ……マルス、大丈夫か?」
「大丈夫、だよ。だから、早く」
そう返してマルスは口元を手で覆う。
「……急ぐぞ」