第九章
半分ほど糸が解けたところで、繭の中から、押し出されるように膝を抱えて眠っていた一人の少年が背を微かに反らし、腕や脚にまだ白い糸を引きながら現れた。
ぷちぷちと小さく音を立てながら糸が千切れ、しかし追うようにして伸びた糸が、少年の体を伝い、絡み付き、さながら包帯のようにして包み込む。
また繭に戻るのかといえばそうではなく、程なくして内側から光が漏れ出してくると膨張し、弾けて――その下に、これまで裸だった少年の体に、赤のラインに白を基調とした衣服を生成したのだった。
光に支えられるようにして降り立つ少年の元へ、駆け寄り、抱き止める。
ぐったりと。凭れ掛かるその体に生命は、宿っていない。これはただの器。けれどその赤い髪も、瞳も、肌の柔らかさも温もりも全てあの日々と同じ、変わらない。
「……クレイジー」
応えはなく。胸に抱き寄せて膝を付き、温もりを堪能する。
後は、魂を移し替えるだけ。
「もうすぐだからな」
囁いて、指に髪を絡ませ、梳く。
――最後の仕上げだ。
このまま魂を移し替えるのではいけない。自分は、魂も体も全てあの日と同じものを“この世界”まで連れてきているが、弟は、魂はともかく体は、ここで創造した、この時間のもの。魂を移せば、いくらこれまで兄の体に宿り外の世界に触れてないとはいえ過ごしてきた何万何億、いやそれ以上の時間が体内へ一気に流れ込み――結果。急激に老衰し、生き絶えてしまう。
そんな、束の間の安息、ただ一瞬の為にこの日を望んできたのではない。
「クレイジー」
優しくて愛しい、たった一人の家族。
左手のひらに右手を重ねて握り、唇を重ねる。
さあ、さあ。目を覚まして。
これほどまでに素晴らしい瞬間が今までにあっただろうか。
感極まる。心臓が高鳴る。ああ、ああ、なんて素敵な日なんだろう。
「……クレイジー」
その呼び声に、応えるように。瞼はうっすらと開かれた。