第九章



「っ、」

伸ばしてきたクレイジーの指先が、ノイズを走らせたかのように一瞬ぶれた。

慌てた様子もなく、手を引く。その手を暫く見つめて、

「……冗談だってば」

クレイジーは小さく溜め息を吐き出した。

「分かってるよ。真実を知れば手を下すまでもなく戦意を消失する」

……何の話だろうか。

「――ッ!」

不意にクレイジーの指先が額に触れた。

脳裏を過るのは映像に映し出された彼のおぞましい能力。その指先に一度赤い光が灯れば頭を吹き飛ばすかもしれない、そんな恐怖に体は硬直してしまう。

「意識を返してやるよ」

クレイジーは言った。

「兄さんの命令だからね」

指先に。赤く光が静かに灯る。

「それにさ。もうすぐ僕の体が完成するんだって……だからこれ以上居座られたら逆に迷惑なんだよ。てーか邪魔」

勝手に連れ込んだのはそっちだろうに。そんなツッコミも喉に突っかかったまま。

「それじゃあね。バイバイ」


最後に見たのは少年らしく愛らしい笑みだった。


意識が遠退いて、空気と混ざり合い溶けていくような妙な感覚。

海中に沈められたかのような息苦しさがすぐに襲ってきて、そこに姿形もないのに必死で手を伸ばした。見せられてきた映像が、走馬灯のように脳裏を駆ける。


――あれ。なんだ?


どくんと心臓が跳ねた。

もっと重要なことをはぐらかされている気がする。


待ってくれ。聞きたいことが――!


「また後でね?」 
 
 
45/92ページ
スキ