第九章
博士もいない。指示がない。仕方ないので弟を探すことにした。
待っていればいずれ戻るだろうがそれさえ待ちきれず。いや、何だろう。胸騒ぎのようなものに突き動かされるようにして、その時の俺はゆっくりと歩を進めた。
「クレイジー!」
大きな声に驚いて目を丸くしていると研究員の女が駆け寄ってきた。
「駄目じゃない! 部屋に戻りなさい!」
え、と小さく声を洩らした。
物凄い剣幕で叱るものだからそれにも驚いた。分からないのは、どうして、何をそんなに焦って、あれだからこれだからという理由もなく言い付けるのか。
「弟、が」
「っ何を言ってるの! いいから早く部屋に」
その時の自分はそんな些細なことにさえ苛立って。
「俺に触るな!」
だから、肩を押されていたところを振り向き様に弾いた。
勢いがよかったのだろう。何かが足下に落ちたのだ。パサッ、と。
「……え」
赤のウィッグだった。
……何だろう。それは誰かの髪の色にとてもよく似ている気がする。
どくんどくんと繰り返し心臓が跳ねて止まない。
「……そんな」
その時。研究員の女がぽつりと言ったのだ。
「クレイジーじゃなかったの……!?」