第九章



――よさないか、クレイジー。

古いテレビのように灰色に変わった映像がぶれて、声にノイズが混じる。

「……?」

よく聞き取れないが喧嘩をしているらしい。叱るマスターにクレイジーが強く言い返しているようだ。……あの研究員は?

どうやら既の所でマスターがクレイジーを止めたらしい。原因はそれだろう。


――兄さんの為なら。


そんな声が響いて、映像がフェードアウトしていく。

――誰が、どんな奴が犠牲になろうと構わない。

ラディスは辺りを見回した。


――例えその対象が自分だったとしても。


次の声ははっきりと、すぐ後ろから耳元で囁かれた。

「兄さんこそ、僕の全てで生き甲斐なんだから」


ぱっと画面が切り替わる。

「……あんな怒んなくてもいーじゃんっ」

僕の兄さんはしっかり者だ。

だから時々僕が善かれと思ってとった行動を厳しく叱りつける。それでも僕はただ兄さんの為に行動を起こした、それだけなのに。兄さんは肝心な時、鈍感だ。


暗がりの中を一人、不貞腐れた顔で歩くのはクレイジーだった。

研究所にも消灯時間があるのだろうか。いや、子供たちを管理しているのであればそういった風潮も必然。それにしてもどうして突然、マスターの記憶を映し出しているはずのこの映像がクレイジーの視点に入れ替わったのだろう――
 
 
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