第九章
「っ、」
注射の痛みはほんの一瞬。
とはいえこれだけは兄弟揃って大の苦手で、採血にしろ何にしろ手が空いている時はどちらかの手を握るのがいわゆる暗黙の了解になっていた。
「うぅー」
……というのはあのトロベという女と片割れも同じだったようで。
痛い痛いと泣き喚くかと思えば。ま、この研究所で八年も過ごしていればさすがにそんなことも無くなるか。俺と弟は顔を見合わせて少しだけ笑った。
案内された部屋は、何も採血だけが目的の場所ではない。
そういったスペースが一部設けられているだけで、もうひとつ扉を抜ければ異様に広く何もない空間がお出迎え。
けれどそこは様々な傷に溢れている。大きなものは修復されているが、少し斬ったり抉っただけの小さなものまでは面倒なのか放置してある。
「A-002、003」
研究員の男はカルテを手に紹介する。
「この子たちが今日の相手だ」
的中。向き合っていたのはあの少女二人だった。
「えっと」
「紹介し忘れたけど。姉のブルベよ」
「よ、よろしくお願いします」
これは予想外。そっちが姉だったのか。
トロベが腰に手を置いて横目に見つめると、少女ブルベは両手を前に重ねて深々と頭を下げた。この際、名前なんてものはどうだっていいのだ。
特殊能力の詳細が一切無い。何せ初めての相手だ。