第九章
――ここはマスターの過去を綴った記憶の中なんだ。
可能性としては十分にあり得る。証拠にマスターとその弟らしき少年、すなわちクレイジーの姿は幼いし、そういうことなら干渉できないというのも納得がいく。
……分からない。
何を思って、俺なんかに過去の記憶を見せているんだ?
――勘違いするな。選択しろ。
意識が奪われる直前マスターがそう言っていたのをまだ覚えている。惨状を見届けたら、とも言っていた。この先、不幸な展開が待ち受けているのは確かだ。
目を覚ます方法だって分からない。素直に見守る他ないのだろう。
そもそも記憶というのは本来客観的なものではなく主観的なものでは。つまり視点もマスターの体に乗り移ったような形で見渡すことになるはず。それともこうして見せるという有り得ない事態こそ神様であるマスターの特権且つ能力なのか……?
「兄さんってバカ正直だよね」
弟は不貞腐れた顔で言った。
「注射なんか痛いし、それが終わったらどうせまた戦わされるよ」
ぎゅ、と握った手に力が込められる。
「兄さんは嫌じゃないのかよ」
薬品の匂いが充満する白い部屋の中で八回目の誕生日を祝ったばかりだった。
これが普通の子供なら小学校という建物での暮らしにも慣れて、一緒に遊んだり勉強したり、時には泣いたり怒ったりする友達という生き物に満たされている頃。