第八章
――瞬きを一度許した程度である。
けれどその声はすぐ後ろから聞こえてきた。嘘だろ、と。早い話がフォックスに回り込まれたのである。まさか、両手を取られたり銃口を向けられたりまではしていないが、未だ殺気という見えない凶器が突き立てられているのは変わらない。
「そんなに硬くならないでよ」
くす、と小さく笑み。台詞は耳元で囁かれた。
「お友達なんだからさ」
眺めていたマスターが溜め息を洩らす。弟の悪い癖に呆れているのだろう。
「……君が」
「僕はクレイジーハンド」
遮って、彼は答えた。
「お察しの通り。僕は兄さんの弟だよ」
マスターとクレイジー。
何でも熟す、完璧を連想させる前者の兄に対し、狂気や破壊を連想させる後者の弟とではまるで正反対の名である。親も何を考えてそう名付けたのだろうか。
「フォックスの体は、どうなるんだ?」
「あはっ、心配性だねえ?」
ラディスは思わず息を呑んだ。
「安心しなよ。僕の体が完成したら返してあげる」
「……そんなこと、本当に」
不穏。草木がざわざわと音を立てる。
「出来るよ」
胸騒ぎが止まない。
「だって、」
その弟はさも当たり前かのように答えた。
「兄さんは神様だから」