第八章
ラディスが出て行った後、暫くは沈黙が続いた。
疑うべきではなかったのかもしれない。それもあろうことか、信じるというワードに敏感なあの男の前で。
――彼が、無実を証明してくれさえすればいいのだ。
事実ファルコもパニックのあまり疑いをかけてしまっただけに過ぎない。それでも彼という存在自身、誰も信用を置いていなかった。
それがただ胸に深く刺さるのだろう。
他人のことでさえ自分のことのように哀れむ、心優しい人だから。
「……そいつ」
不意に、クレシスは静かに寝息を立てて眠るフォックスへと目を向ける。
――警察が駆けつけてからも彼の異様な言動は止まず、拳銃を取り上げ羽交い締めにした後に鳩尾を打つことでようやく、その場は事なきを得た。
しかし屋敷に連れ帰ったところでフォックスは覚醒。
……いや、その時の彼がフォックスであると断言するべきではないだろう。人格とは異なる魂の存在――それが確かであればフォックスは何者かに体を乗っ取られていたということになるかもしれない。
「薬で眠らせておいた。全くといっていいほど話が通じなかったからな」
「何か喋ったのか?」
マリオは腕を組み、壁に凭れつつ答える。
「……まるで、俺たちが珍しいみたいに感激していた」
あはっ、兄さんは凄いなあ。こんな有名人を手懐けるなんて!
「兄さん?」
「俺じゃないぞ」
マリオはやれやれといった具合に断って、
「……それが分かりゃ苦労しないさ」