第八章
その老女は当然のことながら自身の状況を何ひとつとして理解していないだろうが、すんでのところで命を救われたことで体が安心感を得たのか、眩み、クレシスが駆け寄った頃には力の抜けきったその身を預けて。
……今のって。クレシスは酷く驚いた様子でフォックスに目を走らせる。
「くくっ」
突如として不敵な笑みを浮かべ、先程の銀行員の男性は姿を消した。
「まさかとは思ってましたがァ」
しかしすぐに、今度はフォックスの真後ろに現れて。服装そのものは変わってないが、身長や髪の色、顔立ちといった全体的な容姿が変わっている。
「あンの有名特殊防衛部隊サマがいらっしゃるなんてェ!」
――見覚えがあった。
「“Novem ánimam”……」
「……? 何か言ったか?」
「九つの魂という意味合いを持つ言葉で、」
ラディスはくっと顔を顰める。
「……数年前、メヌエルから忽然と姿を消した凶悪殺人集団だよ」
常習犯。事件を迷宮入りにさせたあの殺人犯が――今、目の前にいる。
「君は、その殺人集団を統率するリーダーのハゼルだね?」
「御存知でいらっしゃいましたか!」
つんつんと跳ねた銀色の髪。ぐるぐると顔に巻き付けられた包帯の隙間から窺えるのは右目に宿る赤い灯と終始不気味な笑みを浮かべている口元、そして左頬の大きな傷痕のようなものだけだった。それがより一層、不気味さを醸し出している。
「……他の団員は」
ラディスが問うとその笑みは暗く影を落とし狂気に満ちて。
「拷問してみますかァ……?」