第八章



扉を半開きにするなんて不用心だな。

フォックスはそろりそろりと扉に近付くと、その隙間から音を立てないようそっと部屋の中を覗き込んだ。視線を走らせ、パソコンデスクの向かって左端、パソコンの無い側に立っているマスターの姿を視界に捉える。

――あれ。何であんなところにいるんだ?

目を擦ってもう一度確かめる。さっきは眠気で視界がぼやぼやとしていたのだ。

「……?」

マスターは今しがた、右手で自分の口の中へハンカチのような布を丸めて押し込んだようだった。ここからでは見えにくい。少し、姿勢を変えて覗き見ると、彼が今現在どんな状況であるのかがようやく明らかになった。

机の上に置かれているあれは、マジックなんかでよく使われている腕ギロチンとその形状が似ている。マジックでも披露するつもりなのか?

マスターはその場に両膝を付いて、左腕を穴に差し込みセットした。右手をそろそろと伸ばし、刃を押し込むべく取り付けられたレバーを握る。躊躇さえ窺える冷や汗滲ませたその表情に、怖いならやめればいいのにと密かな疑問を抱きながら。

注意するのは後に回して目を見張らせた結果。


――間もなくレバーは押し込まれ刃は落とされた。

ずぱんっ、と左腕を切断して。


「ふ、……ぅ、ぐ……ッ!」

くぐもった声を洩らし項垂れるマスター。

当然のように呆気にとられた。鮮血が切り口から噴き出し、机を、床を濡らし壁やパソコンに散らして。机の上を転がって床にぼとりと落ちた左腕を視界に、それが確かな現実であると悟り吐き気を催す。

何だあれ。何だあれ。

マジックなんかじゃない。本当に、自分の左腕を。
 
 
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