第六章
色々と迷った挙げ句、鼻筋に沿うようにして前髪を少し残すことにした。いや、迷っていたらこのくらいしか残っていなかったとでも言うべきか。
「……どう、かな」
当然この出来栄えに自信などあるはずもなく。手渡した手鏡の中の自分をじっと見つめるゲーム&ウォッチの後ろから、恐る恐る声をかけてみる。一方でゲーム&ウォッチは手鏡の中にラディスの姿が映り込むと、感嘆符と疑問符を飛ばした。
ぱっと振り返り、本人を捉えて。再び手鏡と向き合ってひたすらに疑問符を飛ばす。出来栄え云々以前の問題だ、彼は鏡が何なのかを知らないらしい。
「……Hello?」
ラディスの口からは思わず溜め息がこぼれる。
――彼は、無知だ。
果たして死神ならそれが当然なのだろうか。すぐに漫画やアニメに例えるのは良くないが、それでも人の形を成していればその世界の全てとまではいかずとも、簡単な道具の使い方くらい理解しているのが言うなればデフォルト。
だが、彼はどうだろう。昨日は買って与えたボールペンを早々に、真っ二つに折ってしまった。あれはいい音がしたな、ではなく。しかもそれだけに留まらず、ノートだって最初のページを破ろうとしたのだ。それはさすがに止めたが。
だからといって戦うこと以外の何も知らないのかと思えば、バケツやマンホール、ハンマーやヘルメットなどといった繋がりのないこれらが何であるかということを誤りなく十分に理解している。……それが不思議だった。
疑問だけが積み重なる。マルスが協力をしないと手を引いた以上、自分だけの手で解決しなくては。期限までに彼の無実を、何としてでも証明したいのだ。
「らです」
名前を呼ばれてはっとした。
というかそれ、ラディスだよと伝えようとしたその時、ゲーム&ウォッチが裾を引きながら空を見上げていることに気付く。曇り空、ごろごろと唸って。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。