第五章
その目にした光景があまりにも衝撃的だったのだろうか。マルスは屋敷に戻ってからも比較的おとなしかった。彼を誰よりも敵視していたカービィにとっては好都合だったのかもしれないが、ラディスにとっては決してそうではなかった。
――同じ日の夕方のことである。
「嫌いじゃないもん!」
食堂。誰もが夕飯を終えて食器を下げ始めていた頃、受取口の前で声を上げたのはナナである。ちょうど食器を手に訪れていたマルスは彼らに目を向けて。
「お腹がいっぱいになっただけ!」
「デザートはちゃんと食べてたじゃないか!」
……どうやら、ナナが夕飯のおかずに入っていた何らかの野菜を残してしまったらしい。時が過ぎればどうでもいいことだろうに、何とも子供らしい喧嘩である。
「あれは別腹なの! だから絶対嫌いなんかじゃ」
「――君」
不意にマルスは声をかけた。ポポとナナは見上げる。
「嘘は駄目だよ」
それは決して彼らを宥めようとかけられた言葉ではなく。全てを悟ったかのような青い瞳は、その時確かに子供たちでは言い知れぬ寂しさを物語っていた。
「どんなに小さい嘘でも、くだらなくても」
マルスは受取口に空になった自分の食器を下げる。
「嘘は、全てを狂わせる引き金になる……」
ポポとナナは顔を見合わせた。やはりまだ子供とだけあって、話を聞いている内に気持ちが落ち着いてしまっていたのだ。ナナは申し訳なさそうに、
「嫌いだけど……次は頑張って食べるから」
「……一緒に頑張ろう」
「えっ?」
「俺も……その、苦手だからさ」
ポポが打ち明けると、ナナはくすっと笑った。なにそれ、と肩を竦めて。
「……ロイさん?」
「え、ああ」
厨房で洗った皿の水滴を布で拭っていたロイは、うっかり手が止まってしまっていた。不思議に思ったヨッシーに声をかけられ慌てて再開するも、マルスが食堂を後にするのを密かに横目で捉えて。小さく、息を吐き出した。