第五章



……え?

「ニイサ……ニイサン……ドコォ……」

幻聴なんかじゃない。確かに、こいつは“兄さん”と言った。

近頃は魔物でも喋るものなのか? いや、生き物が人語を理解するのは共通なのだからただ単純によく聞く単語を覚えて口にしただけかもしれない。

……それにしても、今回はダークリンクが妙におとなしい。その魔物をじっと眺めてはいるのだが不意に大きな欠伸を洩らしたり、見た目が結構えぐいというのに全く興味をそそられないようだ。こいつを放った犯人がダークリンクだとして、何の目的あっての行動だろう。

いや、彼のことだ。ただ単純に人を傷付ける為に用意したのかもしれない。

「ダークリンク、」

ラディスが口を開いた、その時。

何の前触れもなく茂みから勢いよく飛び出してきたのは、先程の魔物と形状が全く同じである魔物。そいつは中腰で唸っていたが、既にそこでゆっくりと辺りを見回していた魔物を視界に捉えると、踏み出し、飛びかかって。

「ッアアァアアアア!」

――悲痛な叫び声が森に木霊した。

なんとその魔物は、先程の魔物を地面に押し倒したかと思うと喉元に噛み付き、そして食い千切ったのだ。途端に噴き出したそれが人間と同じく鮮血なのか、はたまた単なる液体なのかは分からない。だが、その色は限りなく黒に近い、赤だった。

「あっくそ、」

ダークリンクも何故か焦ったようにそう声を洩らし、飛び降りて。

「サンプル風情が食い意地張りやがって……!」

その台詞に突っ込んでいる余地はなかった。対象が動かなくなってしまったところで魔物は立ち上がり、ゆっくりと振り返って。次に、その瞳が捉えた獲物は――
 
 
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