井蛙の教訓



仕事は嫌いじゃない。

裏世界に蔓延る人間は大抵が素だ。裏表のない本当の人格で生き物の穢れを曝け出す。自分の仕事は掃除屋だといっても過言ではなく仕事を熟す中でそれを祓える感覚ときたら表立って動くよりもずっと自己肯定感というものが上がる。


これが正義というものだ。と。


瓶底眼鏡を外してテーブルの上へ。忍び装束に腕を通して巻き込まれた長い尾のような一束の髪を引き出す──そうして着替えを終えれば部屋の電気を落として窓を開けた。入り込んだ風が冷たく吹き抜けて紺碧の空が映し出される。

すぅ、はぁ、と。ゆっくりと息を吸って吐き出して窓辺に足を掛ければそのまま蹴り出した。まずは近くの木の上に降り立ち、次いでその下の木の枝、転々として草の生えた地面に着地。

「ミッ!」


、?……み?


「ああっ」

声がしたので肩を跳ねた。ミカゲは振り返る。

「──コウ!?」
「踏んでます踏んでます」

思わぬ鉢合わせに声を上げたのも束の間コウの指摘に疑問符を浮かべながら足下を見てみると確かに橙色のインクがそこに広がっていた。驚き慌てて飛び退けばそのインクはゆっくりと形を為して見覚えのある姿を現す。

「もーいたいよー」
「つ、ツツイ?」

せっかく仕事オンモードに切り替えたというのに変に気持ちが緩んでしまう。そんなミカゲの心情などお構いなしにツツイはへらっと笑って言った。

「私たちも付いていっていーい?」
「は、……ゔえ!?」
 
 
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