井蛙の教訓
擽りによる急激な疲労から肩を上下させて呼吸する彼の姿がそこにはあった。気を悪くしている時にそんなことをされたら誰だって、そんな場合じゃないだろうと更に気を悪くして声を荒げそうなものだが一向にその様子は見られない。
「ミカゲ」
マークは微笑みながら。
「気は済んだかい?」
ミカゲはゆっくりと上体を起こす。
「……なんで」
「すっきりした顔をしてるから」
シュルクはマークの後ろから覗き込んだ。
「……言えなかったんだね」
目を細める。
「ずっと」
ミカゲは布団を静かに握り締めた。
「君は忍者であり暗殺者だ。況してや一般的には理解し難い趣味に染めた部屋なんて人を招き入れたいはずもない。それなのに君は部屋に鍵を掛けないどころか罠だって仕掛けていない」
マークは推測を語り出す。
「ずっと受け入れる覚悟はあった──周りが歩み寄ろうとしているのも知っていたんだ」
ああもう。
頭の回る人だなぁ。
「けれどそれで簡単に受け入れてしまったら敬愛してきた固定概念を崩されてしまう──そう危惧した君は本音を閉じ込めて塞ぎ込んだ」
小さく開いた口から乾いた笑みがこぼれる。
「……返す言葉もないで御座るよ」
そうだ。
あの人たちは。
歩み寄ろうとしてくれていたのに。
「ミカゲは優しすぎるんだよ」
マークは伸ばした手のひらをその人の頭の上へ。
「そんなこと」
「優しいよ」
透明な雫が滴り落ちる。
「同じ目をさせたくなかったんだよね」