第一章
強面の男は──銃を構えていたのだ。ただ、それがそうだと正しく認識するにはほんの少しの時間を有してルーティは自分が銃口を向けられることで蛇に見込まれた蛙のように硬直してしまっているのだと思い知る。けれどその様子に気付いているであろうその人が容赦なく引き金に指を掛けるのを見て。
避けなきゃ。
「っ!」
体は──動いた。瞬間的に体内に流れる電気回路をフル稼働させてきっと常人には捉えられないであろう速度で。けれど男は逃すまいとするように二発目三発目を撃ち込み執拗に狙ってくる。
「あ、もしかして遅かった?」
通話相手の暢気な声に答えている余裕はない。ルーティはまずこの状況において最も厄介な銃を無力化させるべく地面を蹴り出し距離を詰める。
「!」
──反応された! 目にも留まらぬ速さとはまさしく今の自分のことだと内心自負していたのに此方が攻撃を繰り出すよりも早く回し蹴りが飛んできた。咄嗟に腕を構えて防御には成功したもののダメージを軽減したというだけで、弾き飛ばされてしまったルーティは数メートル先まで転がる羽目となる。
「あははっ」
手放してしまった携帯端末から通話相手の笑い声が聞こえてきた。ちっとも笑える状況じゃないというのは通りすがりの一般人の反応からも明らかだというのに何が面白いんだ──! ルーティは顔を顰めながら肘を立てて上体を起こしたが差し込む影に気付くと振り向くより先に身を転がした。その判断は最も適していて降り注いだ踵落としが元いた場所にお見舞いされるのを見たルーティは急ぎ立ち上がり次の強面の男の動きに集中するべく凝視する。
「わ、わ……ひえっ!」
二段蹴りに続いて回し蹴り──後方に下がりながら躱した末に背中に木の幹が触れたが直後引っ掻くようにして腕が振り下ろされたのを咄嗟にしゃがみ込めば木の幹に三本爪の痕が刻まれた。一瞬でも反応が遅れていれば餌食となっていたのは自分なのだ。ルーティは顔を引き攣らせ冷や汗を垂れながらそのまま腰を落として地面に座り込んでしまう。
「餓鬼が」
強面の男はようやく口を開くとルーティの顔のすぐ横を掠めながら木の幹に足を掛けた。
「その程度の力量で戦士を気取ろうってか」
「そ、れは、貴方が急に仕掛けてくるから僕も準備出来てなくてそれでっ」
最初と同じ金具の音に加えて銃口を向けられれば百程もあった言い訳が喉の奥に引っ込んでしまう。
「テメェみたいな覚悟も決まってない餓鬼に俺様のパートナーが務まると思うなよ」
どすの利いた声。
「……俺様は」
やがてまた引き金に指が掛けられて。
「テメェみたいな餓鬼が一番嫌いなんだよ!」
銃声が鳴り響く──
「……!」
腕を構えて体を縮こまらせ瞼を固く瞑っていたルーティは恐る恐る目を開いた。視界の端に捉えたのは強面の男の手から弾かれた銃が地面を跳ねる場面。
「ウルフ!」
第三者の声。
「……やりやがったな」
強面の男が苛立ちを帯びた声で返して睨み付けた先には銃を構えた一人の男。外跳ねの癖の付いた薄茶色の髪より一際目立つのは狐の耳で──ルーティが唖然として見つめる中その男は銃を構えながら。
「これ以上ルーティに手を出してみろ」
若葉色の双眸で鋭く睨み付ける。
「その時は俺がお前を撃つッ!」