第一章



茂みを抜ければ驚いた兎や栗鼠が逃げ出した。とんと地面を踏んで高く跳び上がり木の枝から枝へ飛び移ってショートカット。最後、太い幹を蹴り出して林道に出れば程なく視界に飛び込む。

「見つけた!」


──聖樹フィエスタ。

小さい頃から見てきたがその差は一向に縮まない。この森林都市メヌエルのシンボルに相応しい本当に大きな木だ。


「っ、はぁ」

大きく息を弾ませながら聖樹の下へ駆け寄って膝に手を付きながら項垂れる。そうしてある程度呼吸を整えた後でルーティは顔を上げると目的の人物たるパートナーを探し求めて辺りをぐるりと見回した。

広場の中で見つけたのは杖をついてゆっくりと散歩する老人やジョギングする若者、ベビーカーを押しながら会話を楽しむ家族連れと如何にもな平和な日常の一端といったところでいずれも自分の探し求めている人物に当てはまらない。まさかもうこの時間だし僕だって人のことは言えないけどパートナーの人にまで遅刻をされると困るというか──

「わ、」


さあっと風が吹き抜けた。


「……!」

ルーティは思わず小さく目を開く──顔面に纏わり付く髪を掻き分けてもみあげを耳の裏に掛けながら振り向いた先で一人の男を見つけたのだ。百八十はあろう長身にウルフカットの灰色の髪には頭の天辺から鼻先にかけて白のメッシュ。何より特徴的な狼の耳と尻尾は左目に眼帯を付けた強面な男をより際立たせているかのように思えて一瞬言葉を失った。


何のポケモンかはこの際どうでもいい。

絶対、目を合わせちゃいけない。これは関わっちゃいけないタイプの人だ──!


「!」

ぎろりと睨み付けられてルーティは弾かれるようにして顔を背けた。ちょっと見てただけなのにっ!

気付けば、賑わいを見せていた広場が静まり返っているような……人が少し減ったような。そりゃあこんな長閑のどかな場所と不釣り合いなヤクザみたいな見た目の人が来たら警戒して距離くらい取るよね。うんうんと赤の他人を相手に勝手に同情していればその男は聖樹の下へ向かいルーティとは真逆の位置へ。


こ、この人もここで待ち合わせしてるんだ。

なんか……嫌、だなぁ……


「うぅ」

ルーティはポケットの中から携帯端末を取り出すと落ち着かない様子で画面を指で叩く。ぱっと映し出されたデジタルの時計は残酷に時を刻むばかりで、メールもなければ電話もない。

「……パートナーさん」

募る不安に眉尻を下げながら小さな声で。

「はやく……来ないかなぁ……」
 
 
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