第一章
その日の夜のこと。……
「ありがとう」
種族が狼であれば尚のこと。夜目が利くお陰で暗闇の中の獲物を見過ごすはずもなければその頭の上の大きな狼の耳で拾えない音や声もない。煙草を吸う為に屋敷の外に出かけていたウルフは結果として真っ直ぐ自室に戻ることが出来た。問題といえばその部屋の扉が無防備にも半開きになっていて消灯した通路ではやけに目立っていたことくらいか。
「いつもごめんね」
パートナーの餓鬼の話し声が聞こえる。
「でも、これからはいつでもすぐ来られるよね! ってそんなことない方がいいんだけど」
話し相手の声は聞こえない。
相槌を打っているだけか蚊の鳴くような声で話しているのか……そんなことを考えていた矢先に話は切れ目を迎えたようで扉の軋む音が鳴った。「おやすみ」の声に一瞥だけくれながら部屋から出てきたその人物が扉を閉めたところで行く先を阻むようにして進み出る。睨まれないはずもなかったが想定内といったところだった。
「……何を話してやがった」
暗闇に揺らぐ藤色の髪。前髪の隙間から覗いた双眸の紅桔梗の奥に金色の光が僅かに灯るのを見た。初見から友好的とは見て取れなかったがこうも敵意を剥き出しにされると同じ戦士だの仲間だのといった肩書きも所詮は建前だと知れて乾いた笑いが出る。
「貴様にそれが関係あるのか?」
──僕は"勝手に"仲良くするからね!
「、……」
小さく息を吐いて進み出る。そのままユウを横切るものかと思いきやウルフは寸前で足を止めると。
「ここは俺様の部屋だ」
じろりと横目に睨み付けながら。
「次からは──両方の許可を得るんだな」
扉が閉ざされる。
「あ、ウルフ」
ベッドの縁に座っていたルーティが顔を上げた。
「うぇっ、煙草臭いよ」
「気に食わねえなら息止めてろ」
ウルフは冷めきった様子でさらりと返して羽織っていたジャケットをハンガーに掛ける。
「死んじゃうでしょ!?」
見せかけの平穏なんてものはそう長くは続かない。
「これから一緒の部屋で過ごすんだし、ある程度のルールは守ってもらうからね!」
至極くだらない仲良しごっこの下で冷たい思想が渦巻いているのが目に見えている。
「勝手に言ってろ」
それでも。
「あ、ちょ、まだ電気消さないでよ!」
「いつまで起きているつもりだ」
「僕まだ荷物の整理が終わってなくて……段ボールから出した漫画にいちいち気を取られてるからなんだけどさ。でもこれって結構あるあるというか!」
「明日にしろ」
「だから電気消さないでってばぁぁぁ!?」