第一章



その時だった。

「!」

建物に寄せて並べられていたダストボックスの内一つが倒れたかと思うとその影から唸り声をあげながら野良犬が現れたのだ。即座に気付いたルーティは少年の手に菱形のピアスを握らせた後で立ち上がり自身の後ろに追い遣りながら野良犬に注目する。

「下がっててね」

僕はポケモンの言葉は分かっても動物の言葉までは分からない。けどあの野良犬が小動物でも何でもない人の形をした自分たちを獲物だと見定めるくらいには極度の空腹に思考を侵され判断力が落ちぶれてしまっていることだけは分かる──野良犬が口端から涎を垂れながら一歩、また一歩と迫る様子を目にルーティは頬に青白い閃光を跳ねながら見つめた。

表の通りに逃げたら──僕たちは助かっても、今度別の人が被害に遭うかとしれない。


あの子だって、ただ生きたいだけなんだ。

でも。


「……ごめんね!」


僕が──この子を守らなきゃ!


「……?」

一体、何が起こったというのだろう。

ルーティが雷を打ち出すよりも遥かに早く野良犬は突然耳を垂れて怯えたような切ない鳴き声を漏らし始めるとすぐ横をすり抜けて逃げていってしまったのである。その様子があまりにも先程までと打って変わってしまっていたばかりに表の通りに逃がしてしまったことに遅れて気付いたが振り返るより先。

「やれやれ」

酷く落ち着いた穏やかな声がして。

「こんな所に居たのか」


今日は。

色んな人に会う日だと直感でそう思った。


「──おいで」

カーキやグレーといった暗い色の衣服に見合わないくらいその人の浮かべた薄笑みが艶やかでほんの少し見惚れてしまっていたのはきっと気付かれていたと思う。小首を傾げれば露草色の髪が揺れて。前髪の隙間から此方を窺う青色の瞳に心の中まで見透かされてしまっているようで言葉を失う。

「君がこの子を?」

いつの間にか先程の少年はその人の元へ駆け付けて腰に引っ付いていた。思い返せば"おいで"という台詞は少年に向けられたものだったのに自分に当てられたものと錯覚して狼狽したのが情けない。

「う、うん──じゃなかった、はいっ……!」

締まらない返事にその人は口元に右手を運んでくすくすと忍び笑いをしながら。

「……ありがとう」
 
 
37/43ページ
スキ