地獄の参観日
……賑やかなことだ。
心の構えも許されないまま突如として始まったこの授業参観も各教室の様子から察するに順調に事を運んでいるように見受けられる──コツコツと靴音を鳴らしながら廊下を歩いていたマスターは含み笑いをした。自分達が個人的に注目を置いている生徒連中の家庭環境が味わい深いばかりに少しばかり手を加えてやったらどんな反応があるだろうと実験感覚で。結果としては肩透かしも良いところだがだからこそ"大元"に深みが出るというもの──
「つまんなくない?」
なんてぼやいたのはクレイジー。兄と同じくどんな反応があるだろうと楽しみにしていたのだろうが此方は肩透かしに加えて不平不満といったところで。破壊神の名に恥じず、それこそ教室が一つ吹き飛ぶまでの展開をご所望だったらしい。
「阿鼻叫喚の地獄絵図になると思ってたのに」
「おや。その収拾は誰が?」
「壊れたら創り直すのは兄さんの仕事でしょー?」
これをさも当然かのように言ってのけるのだから長年の甘やかしが裏目に出ている。マスターは小さく笑った後で「やれやれ」と肩を竦めて。
「手の掛かる弟だ」
俺たちに家族は居ない。
生まれたその瞬間からふたりだけだった。
母親の柔らかな温もりも父親の厳格さも知らない。これから先どう予測を立てたって自分がその立場となることが有り得ない以上は未知でしかない。
これは。
見様見真似の催し事だ。
「……どうした」
不意に足を止めた彼に気付いて振り返る。
「タブー」
縁もゆかりもあるはずがない。
「何でもないよ」
そんな風に答えるのだからふたり揃って正面に向き直ろうとして異変に気付き、また振り返った。その人は相変わらず微笑みを湛えていて。
「……お前」
マスターは思わず眉を寄せる。
「いつからそこにいた?」
「結構前からかな」
「自分の息子の所に行けばいいのに」
かつての灯は。
相も変わらず瞳の奥に。
「参観日ってそういうものだよ」
マスターとクレイジーは視線を交える。
「あいつもくだらないことをするな」
「本当。さっさと空の彼方に返してやれっての」
口々に愚痴を吐かれたところでそっと瞼を閉ざしたその人が次にそろそろと瞼を持ち上げた頃には元の幼い瞳に戻っていて。
「だめだった?」
分かりきったようなことを。
「……別に」
全く。
母性だか父性だか知りはしないが。
「……駄目じゃない」