英雄のプレリュード



そうやって"また"保身に入るのね。


そんなに周りの評価が大事なの。

約束された人生が愛おしいの。


何処まで──貴方にとっての他人は、……


「……あー」


自分が思うよりも。

刺さってるみたいだなぁ……


自室で制服から着替えもせず勉強机と向き合って参考書をお供に賢明に勉学に励んでいるようで広げたノートのページは雪国もびっくりの銀世界。あれから十分ほど時間が経過しているというのにどうにも頭が回らなくてちっとも進まない。


我ながら、吐き気がする。

苦く笑うだけで返す言葉もないなんて。


恵まれた容姿に資質に家庭内環境。

決められた道順を安全に進んで。周囲が望むのなら望まれるまま。それが無味でも無色でも。


変に厄介者扱いされたって。

それならそれで構わなければいい。


そうすれば。

誰もが必死の努力の末に辿り着くような敷居の高い自分の人生が崩されることはないのだから──


「、……」

小さく息を吐き出して。ふと目の前のノートパソコンを開き立ち上げてからキーボードを叩き始める。勉学の一環ではないただ何となく気になった事柄を調べてみようと思い立ってのことだった。

それは──あの白い防護服の男たちの正体。

あの場では平然としていられたがよくよく考えてもみればガスマスク付きのフードまで頭から被っていて不気味や怪しいの範疇を越していた。あれだけ目立った格好をしていれば不審者情報くらい出回っていそうなものだがそんな話は学校でもニュースでも聞いていないし……一体何者だったのだろう。

「?」

当然と言えば当然だがあれだけ普段見ることのない目立つ格好であったおかげでそれらしき画像が幾つか検索にヒットした。そのままマウスを動かしてカーソルを合わせその内の一つをクリックしてみると少ししてからホームページが開かれる。

「……あ」


アルフェイン、研究所……?


「……?」

聞いたことがあるような。そうでないような。

自分が自身と周囲を取り巻く最低限の情報以外に関心を示さないおかげで周知の事実であるものを知らなかっただけなのか──素人が適当に作ったという様子もないしっかりとした作りのそのホームページのトップには大きな字で『誰もが思い描く未来の、その先へ』なんて洒落た一文が載せられている。

適当に或いはのめり込むように。自分が意識するよりも自然に様々なページを閲覧することで次第に理解に及んだ。この『アルフェイン研究所』とやらはポケモンの限界や進化について研究を進めている施設であるということ。もちろんそれも常識の範囲内で研究に協力してくれているポケモンは皆自主的に名乗り出てくれたのだという話。他にも──これは違法的なラインにギリギリまで踏み込んでいるが遺伝子提供によって組み合わせて生み出したポケモンを旅のパートナーとして提供しているとか何とか。

素人目に見ても大丈夫なのか? とは思うが世間で問題視されたり取り上げられていないということは見当違い? 見た目が危ういだけ──?


「ラディス?」


ノックの音を聞き逃したばかりに扉越しの母親の声に大袈裟に肩を跳ねてしまった。急ぎノートパソコンを閉じて「うん?」と返事しながら振り返ればそのタイミングで扉は開かれ、お盆を手にした母親が入ってきて。ラディスは変に詰められないように自然な手付きで手付かずだったノートを閉じると進み出る母親と座ったままの姿勢で向き合う。

「集中していたのにごめんなさいね」
「大丈夫だよ。どうかした?」
「軽食だけでもと思ったんだけど」

迷惑だった? なんて眉を八の字に下げる母親にラディスは首を横に振って応えてみせる。それを見た母親も安心したように軽食を乗せたお盆を机の空いたスペースに乗せると長く居座ることで邪魔になりたくはなかったのかそそくさと。

「じゃ。頑張りなさいね」
 
 
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