英雄のプレリュード



ルピリアはエレナの背中を摩りながら眉を八の字に下げて身を案じていたが、不意にその手を止めると傍らで眺めていたラディスをきっと睨み付けて。

「……ちょっと!」
「うん?」
「今のどう考えても不審者だったでしょ!?」

対するラディスは目をぱちくりとさせて。

「なに逃がしてるのよ!」
「……攻撃性はなかったから?」
「さっきの見てたでしょ!」
「うぅん」
「や、やめて……大丈夫……だから」

エレナが宥めればルピリアは息を吐き出す。

「攻撃性もないのに手を出すのは過剰防衛だよ」
「……そう」

だがしかしせっかくの配慮を無駄にするかの如くラディスが困ったように言えば対するルピリアは目を背けながら吐き捨てるように。

「そうやって"また"保身に入るのね」


……ばさばさと。

飛び立つ鳥が不穏な空気を逆撫でする。


「そんなに周りの評価が大事なの」

言葉の羅列は。

「約束された人生が愛おしいの」

自分が思うより猛毒で。

「何処まで──貴方にとっての他人は"それ以外モブ"でしかないの?……」


その後の展開はあっさりとしていて。

見送るよと言っても尚付いてこないでの一点張りで跳ね除けられて。あまりしつこく付き纏うのもそれはそれで嫌な噂が立ってしまいそうだし機嫌を損ねさせてしまったからには冷めるまで置いておこうという至極無難な判断で。

「また明日」


保身。


「ただいま」

扉を開ければ母親が居間から顔を出した。

「おかえりなさい。こんな遅くまでどうしたの?」
「クラスメイトの子を見送ってきたんだ」
「あら。紳士じゃない」
「父さんの息子だからね」

ラディスが何か言ってるわよ、と。

母親が言えば父親の咳払いが遅れて聞こえて。

「お夕飯は?」
「先に勉強してくるよ」

ラディスは軽く手を挙げながら答える。

「じゃあ持っていきましょうか」
「ううん。後で温めて食べるから大丈夫」

柔らかく笑いながら。

「ありがとう」
 
 
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