英雄のプレリュード
クレシスって。……ああ。
昨日二回も会ったあの素行の悪そうな──
「も、……もしもし!?」
そうこうしている間に一方的に通話を切られてしまったようで教頭は慌てたように端末に向かって繰り返し呼びかけていたが不意に口を噤んだので何事かと思えば。同じように足を止めていたはずの彼女の姿がなくなっていて。
「クレシス君がどうかしたんですか」
わぁ。……首を突っ込んでる。
「自主退学って何ですか」
強気に詰め寄るルピリアに教頭は何とか誤魔化そうと口を結びながら視線を彷徨わせていたが立ち聞きされてしまった以上は後の祭りというもので。ラディスは小さく息を吐き出して進み出ると彼女の横に並んで「こんにちは」と挨拶。
「すみません」
「きっ……君まで」
「クラスメイトの名前が出てきたのでつい」
教頭は深々と溜め息を吐き出す。
「……退学するそうだ」
高校三年目に。
そんなこともあるもんなんだな。
「理由はっ!」
「ルピリアさん」
食ってかかるルピリアを呼び止めて。
「……そうなんですね」
ラディスは眉を下げて笑う。
「残念です」
教頭は困った表情を浮かべている。
これ以上はつついても何も出てこなさそうだ。
「じゃ。俺たちは失礼します」
終始納得がいかなそうに眉を寄せて教頭を見つめ続けるルピリアに「行こう」と小さく声をかけて。ラディスはそのままその場を後にした。……
「君は」
場面は変わって、資料室。
「彼のことが好きなのかい」
「っはあ!?」
ルピリアは思わず大きな声を上げた。
「他人の人生だよ」
言い返されるよりも先に。
「この先一生連れ添っていくってわけでもないのに執拗に干渉しようとする理由が分からない」
テーブルの上に置いたプリントの束をファイルに一枚ずつ挟んでいく単純作業を淡々と熟しながらラディスは呆れたというよりは理解ができないといった様子で言葉を口にする。
「……そうね」
ルピリアは棚の資料を正しい位置に戻す作業の手を止めると俯きがちに小さく呟く。
「でも」
かと思えば再び作業を再開しながら。
「女の勘って当たるのよ」
よく分からない。
嫌な予感がしたというのなら首を突っ込まない方が賢明なんじゃないのか。
「……貴方には」
ルピリアは目元に影を落としながら。
「分からないかもね」
言った側から空気が沈み込むのが分かった。
嫌味のつもりで言ったのだろう。
「ごめんなさい」
「此方こそ」
「でも、」
「気にしてないよ」
だからこそ。
安心させるべく目を細めて優しく笑う。
「早く終わらせて帰ろっか」