英雄のプレリュード
「、は」
何時間も彷徨ってるつもりだった。
次の瞬間目前に飛び込んできたのは眩しいくらいに晴れ笑った青い空で。その先に踏み堪えるものも何もなく足を透かしながら自分たちはそこそこの高さから飛び出してきたものと悟る。
「はあああっ!?」
けれど重力には逆らえない。クレシスが声を上げれば直後にラディスの纏っていた金色のオーラは掻き消えて急速落下。まさか走り回っていた階層が一階ではなく二つ三つ上のものだったとは──天井が高いだけと踏んでいたがこればかりは見当違いか。いやに冷静なラディスの横でクレシスの叫び声は尾を引いている。これだけ声が出せるなら大丈夫だなと失笑すれば「何だよ!?」と八つ当たり。
「大丈夫だよ」
ラディスは笑いかける。
「信じて」
程なくして白く眩い光が包み込む。
そこに外に投げ出されたはずの二人の姿はなく──
「申し訳ありません!」
その場所が医務室で且つ自分たちも治療を受けている最中でありながら体を起こし声を上げて謝ったのは入室した人物が他でもないこの研究施設の院長と今最も信頼を置かれている若い研究者だったからである。まさか遠方に野暮用で出掛けている間にこんなことになろうとは──代表と思しき男から説明という名の長い言い訳を聞きながら溜め息を吐き出す院長の横で研究者の青年は流し目で窓の外を見た。
夕暮れ時。橙色の空が何処までも。……
「器物損壊は幾らでも賄えるが貴重な実験体を二体も逃したのは実に惜しい」
「申し訳ありません」
「それで。何処の鼠の仕業かね」
研究者の青年は防護服の男に視線を戻す。
「目撃者によると侵入者は子ども二人だったようで特徴は一人が紫色の髪、もう一人は──」
何が視えたのだろう。
研究者の青年は不意に失笑した。
「どうかしたかね」
「……いえ」
含み笑いを浮かべながら口元を右手で抑えて。
「何もありません」
……ラディス・フォン。面白い男だ。
「捜索しますか」
「万が一があってもそれだけはしないとその制服を預ける前に話しておいたはずだ」
研究者の青年は再び窓の外へと目を向ける。
「処置の済んだ者から修復作業に当たりなさい」
「畏まりました」
お前とはいずれ会うことになる
その時が来るまで覚えておいてやろう──
「マスターハンド君」
呼び付けられて視線を返す。
「行こうか」
「はい。……院長」