英雄のプレリュード
どのくらい眠っていたのか分からない。……が、眠気が頭の裏っ側にこびり付いている辺り充分なモンとは到底言い難い。それだっていつもの事だがそれにしては何となく様子が違う。一年も二年も過ごした馴染み深い施設でも何でもないが自分が起きるタイミングってのはジジイ共の都合次第でストレスの発散も兼ねて鉄製の棒だの氷の浸された水だので無理矢理に起こされてきた。それがどうだ自分ときたら何をされたワケでもないのに必要不可欠な睡眠を充分に摂るまでもなく覚醒している。
決して気のせいじゃない地響きが二度も三度も冷たい床から地肌に伝わればいい加減にその身を腕を立てて起こした。やれやれ──近頃はこんくらいのことじゃちっとも何も思わないってんだから慣れってヤツは身の毛がよだつ。
どうせ何処ぞの馬鹿が脱走企んで壁を壊したか薬が効かなくて暴れたかってところだろう。まったく大人しくしてりゃ外の世界よりか遥かにマシな待遇を受けるってのに死に急ぎたい連中の多いこと、
「ッ、げほ、がほ!」
胃の奥から迫り上がり喉半ばで波打ったそれが咳と共に豪快に吐き出された。咄嗟に口を抑えた手を平気で突破して床に垂れたのは鮮血で。続けざま喉の焼けるような感覚に喘息の発作のような安定しない呼吸が数秒程度。今日はこんなモンかと内心ほっとしながら顔を上げるとジジイ共が話し込んでいる。
「実験体8440号が」
「それより実験体0025号は」
何かあったのか?
「優先順位を考えろ!」
確かに何もない日なんて記憶にないが。
「アレはもう使い物にならん!」
耳が痛ェ。
「見殺しにしてしまえ!」
ああ。
今日も変わんねェなあ。……
「んなっ!?」
耳に障る音が響いて扉が蹴破られた。
一瞬にして塵埃に包まれた室内でジジイ共の情けない声だけが聞こえてくる。何処ぞの馬鹿とやらの暴走はこんな所まで届いてしまったようで早く誰かどうにかしてくれねーかなと他人任せなことを考えていれば無音と化した後でいやに足音が響いた。
それは一歩。また一歩と迫ってきて。
ようやく立ち止まる。
「……お前」
体力さえあれば笑い飛ばしてやりたくなるような。
見窄らしい姿になって、そいつは。
「何しに」
「助けに来た」
繋がれた鎖を電撃で焼き切る。
「さあ」
真面目腐った顔で手のひらを差し伸べる。
「ここから出よう」