英雄のプレリュード
……次の日。
「日直はプリントと資料室の掃除頼んだぞー」
森林都市メヌエルにある公立の高等学校。親には私立を選ぶよう口を酸っぱくして勧められたが徒歩で通いやすいことや中学での同級生も多くいること、様々な観点から適当に選んだわけではないことを説明したところ何とか納得してもらえた。実際は親の望んだ私立だと制服が無いらしく自分には服のセンスがてんで無いので制服の決まっている公立の方が考えることが少なそうでいいなと思ったのが理由である。……親が聞いたら卒倒するだろうな。
「プリント持つよ」
ラディスは少女に声を掛ける。
「えっと……ルピリアさん」
その少女は名前を呼ばれて目を丸くした。
「……驚いた」
「うん?」
「名前覚えてたんだ」
んん。嫌なイメージがあったんだな。
「……覚えようと思って」
「素敵な進歩ね」
同じピカチュウの種族である彼女は今年初めてクラスが一緒になったが他の女子と違ってちっとも釣れない靡かない。それが面白いというわけでもないけど普段色々勘繰りながら交流している自分にとって少し気が楽な相手だった。
……言い忘れていたが森林都市メヌエルには国ぐるみで祀っている聖樹フィエスタの祝福を受けて人の姿で過ごしているポケモンが多くいる。ここで勘の鋭い人は既に察しているだろうがこの学校に通っている大半は人間ではなくポケモンなのだ。
「進路は決めた?」
並んで歩いて資料室を目指しながら。
少女ルピリアが訊ねる。
「医者、かな」
「お父さん医療関係の大学の教授だもんね」
ラディスは苦笑いを浮かべた。
「将来が決まってるのって素敵ね」
ルピリアは手を後ろで組みながら微笑する。
「君、……ルピリアさんは?」
「私はどうしようかな」
他愛もない話だ。
……でも。何となくだけど。
つまらないな。
「自主退学ということですか?」
角を曲がろうとしたその時だった。
「でしたら、まずは学校に来ていただいて……お話を……形だけでも」
何となく足を止めてしまうラディスに釣られてルピリアも隣で立ち止まり怪訝そうに振り返る。
「しっ」
彼女が何を言うよりも先に人差し指を立てた。
「……来られない?」
教頭先生が誰かと話している。
「申し訳ないんですが」
深刻そうな声色で。
「一度クレシス君本人にも──」