英雄のプレリュード



あ。……これは。

「……!」

藤色の髪がふわりと浮かんで。彼の体の表面に黄金色の靄を認めれば察した。その向かい側にいた防護服の男二人はガスマスクの奥で大きく目を見開きながら目を離せないでいることだろう──だからといって何が起こっているのか言い付けを破って横から覗き込むような真似をするのは自殺行為だ。


何故なら。

この技の正体は"かなしばり"だから。


「トキ」

防護服の男二人が何も言わないままその場に尻餅を付いた直後にトキも立ち眩みがしたのかよろめいたのを見てラディスは急ぎ、支えた。トキは暫し頭を抱えていたが小さく首を横に振り口を開く。

「大丈夫だ。……行こう」

宗家に身を置く兄の名誉の為とはいえ、そうして普段力を抑制しているものだから少し使用しただけで体に支障を来してしまう。確かに無理を言ったのは此方だがこの調子で甘えてしまっては倒れてしまう可能性すら拭えない──ラディスは今度は何が視えているのやら迷いのない足取りで歩いていくトキの背中をじっと見つめた後で自身の手のひらに視線を落とす。それはそうなのだとしても。


今度こそ必ず。

俺はこの手で彼の手を。……


「ラディス」

五分から十分ほど通路を歩いていたと思う。トキの呼ぶ声にラディスがハッと顔を上げると二人はそこそこ大きな扉を前にしていた。はてさて今日は非番なのだろうかと疑うレベルにここまで誰とも遭遇しなかったわけだがトキに投げかけられた視線から察するに覚悟を決める時が来たようで。あちらにしてみれば即刻学校にでも親にでも通報して突っ返すことが出来たのだ、それをしないということは自身が違法的な研究を繰り返しているが故に警察に突き出されると立場が弱いという確たる証拠ともなるわけだがそんなことは端から分かっていることで。


今、重要視するべきは。

自分たちは純粋な来客として歓迎されているのではなく檻の中に自ら足を進めてくれる便宜な研究資料という認識で受け入れられているということ──


扉の横の壁に備え付けられていたキーパネルに暗証番号の入力や或いはカードや指紋を使った認証は不要のようだった。前述の通り自分たちの侵入が認知されていて敢えて招かれているのなら当然だろうがそれにしたって開け放しておくのはこの先で待ち構えているであろう実験動物とやらが脱出してしまうリスクが伴っているのではないだろうか。

はたまたクレシスと同じように身寄りが無いばかりにこの場所を離れるメリットが無いとか正常な判断を取れなくなるような薬を投与されているとかエトセトラ。あれこれ考えながら扉の奥に二人揃って足を進めたが直後扉は容赦なく閉まってあからさまな施錠の音を響かせる。だからといってその音に驚き振り返るでもなくラディスは正面を見つめた。


あの時とはまた違う白塗りの空間。

その中央に"何か"いる。


「……君は」


頭の先から爪の先まで。

全身黒塗りで佇む正体不明のそれは。


「──ラディスッ!」
 
 
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