英雄のプレリュード
使い古された雑巾のように。
引き摺られて、投げ捨てられる。
「、……」
ジジイ共の話してる声が全く聞こえやしねえ。何度目かの強制的な放電で体の其処彼処がイカレちまったんだって嫌でも分かる。時計なんざ上等なモンはこの部屋にゃ無いが次はまた三十分後か一時間後か──それまで仮眠でも取って意識飛ばさねえようにしねェと。飯だって碌に食えてねェのに。
まぁでもいっか。
別に此処で見ず知らずの誰かと添い遂げて子どもに恵まれて一生を過ごすだのそんな人並み以上の贅沢なんざ期待しちゃいなかったんだ。どれだけ歪んだ形でも俺に期待して構い倒してくれる誰かがいるって事実が自分にとっちゃ何よりも救いだった。深く考えるこたぁないこれは"幸せ"なんだ。
覚えててくれたんだね。
……嬉しいよ。
朗らかに笑うあの顔を思い出した。
かと思えば直近に見た苦渋の表情が浮かぶ。
クソ。クソクソクソ。
幸せそうなツラしやがって。テメェなんかに俺の何が分かるってんだ。御貴族様の気まぐれで手ェ差し伸べて噛まれるたぁ格好も付かねえ。最も噛み付いたのは他でもねえ俺だがざまあみろってんだ。尻尾巻いてあっさりトンズラしやがって正義のヒーローにもなれやしねえ偽善者共が。
「……うぜェ」
小さく零して瞼を閉ざす。
あぁ、くそ。あんなヤツ構うんじゃなかった。……
次にラディスがゆっくりと瞼を開くとそこは見覚えのある暗い一室だった。あの日研究員の目から逃れる為にテレポートで侵入したその場所で間違いないだろう──ラディスはすぐ横に居たトキを振り返り顔を見合わせて互いに頷く。
「経路はどうする?」
「そうだな」
片っ端から扉を開けていけばいずれは辿り着くのだろうが現実的な解決方法とは言えない。何より目立って行動に起こせば起こすほど事態は知れ渡り結果として重宝したい実験体を隔離する可能性がある。
その対象に。
彼も含まれるのだとしたら。
「……クレシス」
ラディスはぽつりと名前を口に出して言うとトキは怪訝そうな顔を向けた。
「名前を呼んだことないなって」
自分が彼と顔を突き合わせたのは二回だ。本当はもっと前から何度も会っている可能性はあるが正しく記憶してあるのはその二回だけ。それもつい最近二日続けての話である。そうなると自分が如何に他人に対して無関心なのか知れてラディスは目に見えて落ち込んだが察したトキがフォローするように。
「私も、実際に話したことは……寧ろ彼は常に近寄り難いオーラを放っていて誰も積極的に関わろうとしなかったと思う」