英雄のプレリュード
え、と声を洩らして。
ラディスは自身の顔をぺたぺたと触る。
「顔の造形は変わってないと思う」
「あっ」
ですよね、と縮こまれば小さく笑う声。
「少し前までのお前ならこんな事があったところで他人事だと気にも留めなかっただろう」
トキは正面に向き直る。
「私は今のお前の方が心地がいい」
「……告白?」
「ポジティブだな」
今凄く馬鹿にされた気がする。
「彼女達の様子も見に行くつもりだった?」
言い当てられて言葉に詰まる。
「彼の様子も」
彼には。
そんな未来まで視えていたのだろうか。
「……分からない」
ラディスは俯き気味に言った。
「正直何をどうすれば正解なのか分からないんだ」
未だ色濃く情景が浮かぶ。
投げかけられた言葉も痛みも苦しみも。
「これでよかったんだって」
表情に憂いを落とし込みながら。
「何となく納得できない自分がいて」
昼前の太陽が昇り切らない風の涼しい過ごしやすい時間帯のことだった。無垢な小鳥は挨拶のように仲間と囀りを交わして青空へ羽ばたいていく。地上を照らし出す太陽を飛行機が遮り影が落ちれば非常に情けないことに今日この日だけは感化されたようにより一層、気分が沈んだ。
裏切られた気持ちを吐き出す宛がなかったのだ。だって彼女はただ単純に今の環境を正しくないものだと見過ごせなくて純粋に手を差し伸べただけなのに跳ね除ける以上の抵抗を目の当たりにして。
正義は。
万能なんかじゃないんだ。
彼女の意志に共感して希望を見据えていた自分にとって彼の起こした言動は身体的ダメージよりも酷く心労を覚えた。じゃあ何なら納得して連れ出せたのだろうとあの日からずっとぐるぐるしている。
放っておけばいいのに。
以前までの自分ならそれが出来たのに。
それは"正しくない"と覚えてしまったせいで──
「ラディスは」
トキはゆっくりと口を開く。
「彼を助けたいのか?」
「それは」
言いかけて、口を噤む。
「俺、」
ほんの少しの間を空けてから改めて。
「振られたのって初めてだと思う」
トキは目を丸くした。
「ふ、ふざけてるわけじゃなくて」
「物の例えが上手くないな」
「うぅ」
「今までは何でも思い通りになってきた」
言い当てられてまた口を閉ざす。
「……そうだろう?」