英雄のプレリュード



あの後。各々は終始無言のまま別れて帰宅した。

誰が誰にどう言われたのか分からない。

何せ学修時間を抜け出した上で下校時刻とは大きく外れた時間に帰ってきたのだ。ラディスに至ってはただの喧嘩じゃないだろうといったぼろぼろの姿で戻ってきたのだから優秀な成績を収めてさえいれば何も言わなかった親も流石に悲鳴をあげた。親らしく怒号をあげるつもりで構えていた父親は驚きに目を見開いた後で間髪を入れず警察や学校に連絡を入れ出す始末で。理由を述べようとしても母親は強く抱き締めながら大丈夫、大丈夫と繰り返すばかりで──ぼんやりと残酷なことを思ったのだ。


あまりにも住む世界が違いすぎる。

比べるまでもなく自分は恵まれているのだ、と。


「お休みの連絡を入れておいたからね」

自室でぼうっとベッドの縁に腰掛けていると扉を軽く叩いた後に母親が入室してきた。碌に説明も出来ないまま心配ばかりが先行して思ってもないような行動を取られたが言及する気も起きない。

元よりそういう性格でもない。

「落ち着くまで学校はお休みしていいのよ」

母親は自分の隣に腰を下ろすと優しく抱き締めた。

「お母さん……何も聞かないから」

幸いだった。

とはいえ聞かれたところで答えようもないが。

「うん」

いつものように。

「ありがとう」


ああ。日常が戻ってきたんだな。

味気なく色のない日々が。……


「行ってきます」

半強制的に学校を休まされた次の日は運良く世間一般的な休日がここは俺に任せろとばかりに立ちはだかってくれたお陰で続けざま自然と心と体を休ませられる機会を得ることが出来た。先日負った傷は当然完治しているはずもないがポケモンという生き物はそういうもので至って普通に体の痛みや重みを感じず歩き回れるくらいには治りが早く良好な回復傾向と見て取れたので、尚も渋る母親をどうにか言いくるめて許可を得てから気分転換の外出。

丸一日家に閉じ込められた後で吸う空気のなんと気持ちの良いことか。ラディスは肺一杯に吸い込んだ空気に気持ちを満たされるのを感じながら歩く。


皆、どうしているだろう。


ふとそんなことを思ったのだ。残念ながら女子二人の家の場所は知らないが辛うじてトキの家の場所くらいなら分かる。何せ彼の家系は未来を読み解くことで企業を中心とした多くの人々を導くことで有名なのだ。あれは顔を知らなくても場所は知っているという人が殆どなんじゃないか、なんて。……
 
 
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