英雄のプレリュード
速い──まるで鉄砲玉のように動きを追えない。目前にまで迫ったところを受け流す防戦一方の状況を強いられている。息つく間もなくその場から一瞬で姿を掻き消しては予測できない位置から飛び込んでくるクレシスの攻撃を対処しながらラディスは眉を顰めた。俺にだって意地はあるさ一発や二発くらい反撃を入れてやりたい──けれどきっとそれは愕然としながらもこの状況から目を離せないでいる彼女たちが最も望まない展開のはず。
だったら、俺は。
トキがテレポートを発動させるまで。
──その時間を稼ぐだけ!
「ッ……嘗めやがって」
その意図を読み取ったのか否か兎角攻撃の意思がないと気付いたようでクレシスは繰り出した拳を交差した腕によって受け止められながら愚痴を零した。
「真面目に戦いやがれ!」
「君がそうまでして戦いたい理由が分からない」
「こっちはそう命令されてンだよ!」
「だとしても」
ラディスは青い閃光を迸らせながら。
「身内でもないのにこんな」
「黙れッ!」
癪に障ったのだろう電気の擦れる音がより一層激しさを増したかと思うと肌の表面を跳ねる黒の閃光が主たる彼の地肌に火傷の痕を散らすのを見た。
彼の種族は同系統はそうでも確かその進化前のピチューだったはず──進化後のピカチュウと比べて電撃による熱を上手く外に逃がせないその体を酷使し続ければ間違いなく最悪の事態になる。
「君っ……それ以上は……!」
純粋に事態を危惧した訴えが届くはずもなく。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!」
深く踏み込まれる。
「生まれた時から恵まれていたテメェらに一体何が分かる!? 当たり前のツラして与えられてきたからってそうじゃない立場の人間を勝手に哀れんで自分の気分と都合で寄り添おうとして! 責任すら取れねェクセして結局はそうやって自分が気持ち良くなりたいだけだろうがッ!」
体勢を崩されたが刹那間合いを詰められて。
「自立すら出来てねェ餓鬼が出しゃばりやがって」
目と鼻の先。
「あの世で後悔しやがれ」
黒。
「──助けようなんざ考えなきゃよかった、ってなァッ!」
耳をも劈く雷鳴が鳴り響く──
「ラディスッ!」
待ち兼ねていた友の声が遅れて聞こえたが直後。
「、!」
視界が白に呑み込まれれば程なく。……
「……ほう」
開幕ラディスが予測した通り一部始終を内側からは壁一枚に見せかけた硝子越しに食い入るようにして見張っていたその青年は感心したように呟く。
「テレポートか」
先程まで激烈な戦闘(とはいえ一方的だったが)が行われていた一室の中に立ち尽くすのは未だ体の至る所に黒の閃光を跳ねる実験体一匹だけ。制服を着込んだ少年少女の姿は見る影もなく暫しの間を置いて実験体もまた糸が切れたように膝を付いて倒れる。
「実験体0025号、バイタリティ低下!」
「回収しろ!……急げ!」
途端慌ただしく駆け回る周囲の研究員に反して目を細めながら静かにほくそ笑む青年に。
「っ……マスターハンド」
研究員の一人が吐き捨てるようにしてぼやいた。
「この、マッドサイエンティストめ……!」