英雄のプレリュード
今までに感じたことのない空気。
痛く。辛く。苦しく。
静電気のように地肌を打って"分からせる"。
これは紛れもない──殺気、なのだと。
「来るっ、」
ラディスが声を上げたがルピリアとメルティは愕然とした姿勢のまま動けない。危ないと叫ぼうとしたが直後地面を力強く踏み込む音に続けざま風を切る音が大きく遅れて──次の瞬間には、目の前に。
「ラディスッ!」
壁に酷く叩き付けられる音と現場を覆い隠す土埃にトキは青ざめた。現状は窺えないが土埃の端々から垣間見える壁には大きく亀裂が走っている。
「……弱ェ」
砂埃が晴れる直前その少年は笑った。
「こんなモンかよ」
死──
「、!」
ラディスの首を掴んでコンクリートの壁がひび割れ抉れる勢いで叩きつけたクレシスだったが跳ねる青の閃光に小さく目を開いた。注目したが直後正面のその男は眉を顰めて睨み返すと電撃を解き放つ。
「チィッ!」
流石は同系統といったところか至近距離で強烈な電撃を浴びても尚クレシスは苛立ちに舌を打って後方に大きく飛び退き距離を取れるくらいには余裕があった。そうして解放を許されたラディスは倒れ込みそうになったところをいつの間にか駆け付けてきていたトキに支えられて事なきを得る。
「ラディス……っ」
呼び掛けには軽く咳き込みながら頷いて応えた。
「君も、……使えそうかい?……」
ラディスが息も切れ切れにトキにそう訊ねたのはこの部屋がさっきまで放り込まれていた部屋と異なり特殊能力の使用が認められたからである。察するにここはこの施設内の実験体の能力を測るために設けられた一室。死合いも同然の戦闘を強制して成果を得る為にこの場所はあるのだろう。
「万全とまでは言えないが」
詰まる所彼がこうして即座に駆け付けられたのも超能力の一つたる瞬間転移を駆使したからである──トキの答えにラディスは「そっか」と短く返した。
「時間を稼ぐ」
続く発言にトキは目を開く。
「君のタイミングで脱出しよう」
「っ、だが」
「戦える状況じゃない」
ラディスは続けざま現状を告げる。
「彼女たちも」
まるでタイミングを図ったかのように目を向けた瞬間地面にへたり込むメルティとその側で立ち尽くすルピリア。人数としては勝っていても現状彼と戦うことを終始想像できないでいる彼女らを抱えて立ち向かうのは正直現実的ではない。トキの実力は信用しているがだからこそ彼の力をどう扱うべきかは今一度冷静に判断しなくてはならない。
戦うか逃げるか。
その二択でしかないのなら。
「頼んだよ」
視界の端で黒い影が揺らぐのを捉えてラディスもまたふらりとその場を離れて駆け出す。先程の一撃が重かったのか動きは幾らか鈍いがそれでも織り成す連撃に飜弄されることなく受け流している──彼の努力を無駄にするべきではないが。
「ぐ、」
突如として突き刺すように鋭い頭痛が走れば心臓が大きく鼓動を打って視界にブレが生じる。
「ラディス……っ」
脳裏に未来予知と思しき映像が浮かび上がれば頭痛は熱を滲ませ押し広げるように痛みを増して。それでも何とかトキは踏み堪えると頭を抱えながら。
「……持ち堪えてくれ……っ」