英雄のプレリュード
返す言葉もなく、……口を噤む。
けれど不思議と嫌な気持ちはしなかった。それどころかまるで足りなかったパズルのピースが当て嵌められるようにその意見が驚くほど素直に馴染んだのだ。自分の中で分かっていながらも放置し続けてきた空白の解を得られたような感覚。それが今彼女に干渉することで実行に移すチャンスが巡ってきた。
自分にも出来るだろうか。
変われるだろうか。今からでも──
「止まれ」
ぎくりとして振り返った時には遅く。
「え」
風を切る音と共に振り下ろされたそれを受け止めることも避けることも敵わずに。
「ラディスッ!」
鈍痛。視界が大袈裟に揺れて点滅する──
「メルティ!」
その身を投げ打つように床に倒れ込んだラディスの元に駆け付けて抱き起こしたルピリアが更なる事態に気付いて声を上げるのを確かめるべく彼女の視線の先を朦朧とする意識の中で辿れば防護服の男がメルティを捕らえていた。続けざま不穏な金具の音を耳に拾っておもむろに振り向けば背後を取られたトキが別の防護服の男に銃器を向けられ両手を挙げている。ラディスは視界が眩むのを感じた。
「……っ……!……!」
声が遠ざかっていく。
「連れていけ」
あーあ。……駄目だなあ。
これじゃ到底ヒーローになんかなれない。
かっこ悪いなあ、……
薄青の不気味な液体の浸された幾つかの円筒が立ち並んだ薬品の匂いが鼻をつく研究施設内の一室。
「これは我が研究の成果のほんの一部です」
「なんという……」
その内の一つを前に言葉を交わす初老の研究者の群れから外れて資料と思しき紙を手に如何にもつまらないといった面持ちでひと息つく青年が一人──白衣を羽織っている為間違いなく関係者なのだろうがどうやら彼らの称賛する研究とやらに微塵も興味が湧かない様子で気怠げに紙を眺めている。
そんな彼を研究者の内数名が身を寄せ合ってちらちらと視線を送りながら耳打ちした。邪険に扱えないのは恐らく彼の立場も関係しているのだろう。……
「博士」
と。部屋の端の自動ドアが開いた。
「侵入者を捕らえました」
防護服の男が入室するなり報告すれば群れの中でも一際老いた男がふぅむと顎を摩って唸る。
「如何なさいますか」
それまで紙に視線を注ぐばかりだった青年は静かに顔を上げた。
「生憎だが手が空いてなくてね」
男は冷淡に指示を下す。
「適当な実験体の餌にしてやりなさい」