英雄のプレリュード
言い返すつもりもなかった。出来なかった。
未来予知の力を持つ彼には疾っくの疾うにある程度のことが分かっていたことだろう──それでいて逆らわずに受け入れた。苦い結末だと知りながら呑み込んだ。それを大人だと感心するべきなのか傀儡のようだと蔑むべきなのか。何を言っても鏡のように跳ね返ってくるような気さえするのは被害妄想ではなく紛れもない事実なのだろう。
ああ。
言葉が見つからないな。
話を切らさないのは特技のはずなのに。
「──本気なの!?」
不意に慌ただしい声が聞こえて。
「ちょっと待っ……落ち着きなさいってば!」
ラディスは目をぱちくりとさせながら振り返る。
「何を言われたって私は行くわよ」
中庭に面した廊下を歩くのは二人の少女。
「『アルフェイン研究所』に」
……え?
「危険すぎるわ!」
それも会話を交わしているのはただの見知らぬ少女ではなくクラスメイトの──ルピリアともう一人は同じピカチュウの種族の少女メルティ。釘付けになるラディスにトキは声を掛けようとしたがすかさず手で制されて口を固く結ぶ。
「警察に、」
「取り合ってくれると思う?」
後ろから追いかけてくる彼女の台詞に被せるように言ってルピリアは足を止めると振り返る。
「あそこはそういう場所なのよ」
メルティは思わず言葉を噤んでスカートの裾を握りながら目を逸らした。そんな彼女に強い口調を当て過ぎたと思ったのだろうルピリアは眉を寄せながら自身を落ち着けるべく短く息を吐き出すと。
「……この一週間」
影を落としながらおもむろに。
「集めた情報は……確かなものばかりだった」
「……でも」
「この目で見たでしょう?」
ルピリアに返されてメルティは再び口を閉ざす。
「猶予が残されているならいいけどそうじゃない」
……何の話を。
「時間がないのよ」
して、……
「授業はどうするのよっ」
「そんなものは後からどうとでもなるわ」
「ルピリアっ!」
終始忙しない様子で駆けていく。話の流れから察するにこの後の授業を放棄してアルフェイン研究所に向かうつもりなのだろう。
でも──肝心のその目的が分からない。理由を説明されたところで初めにメルティが話していたように権力や立場上強いであろう相手に任せて自分たち子どもは身の安全を確保するべきなのではないか。
「ら、ラディス」
足音が遠ざかった後でトキは気まずそうに。
「授業が……」
そうやって"また"保身に入るのね。
「トキ」
言葉の羅列が頭の中に遠く響くのを感じながら。
「……行こう」