英雄のプレリュード
全く交流のない相手だったわけではない。多忙を理由に参観日に足を運べない親を持つ者同士ということで互いにそれとなく親近感というものがあった。人より目立つ風貌である彼は家庭の背景や元々の性格が災いしてか人脈も──彼自身がその環境をどう捉えているのかは知らないが周囲が賑わうのが常であるラディスにとっては肺一杯に溜め込んだ空気を吐き出せるような落ち着ける存在で。
「美味しいかい?」
もそもそと惣菜パンを食していたトキに話を振る。
「んん、……やっぱり、食べたかったのか……?」
「感想を聞きたくなっただけだよ」
終始何処となく気まずそうな彼を眺めていると見た目ばかりが真実ではないと思い知らされるようで。思わず構いたくなってしまう。
「……ラディス」
二人は中庭のベンチに並んで腰掛けていた。
「卒業したら婚約することに決まった」
ラディスは目を丸くする。
「それは……祝うべきことかい?」
問い掛けに対しトキはぎこちない笑みに影を差す。
「……父上の決めたことだ」
ああ、と。
背景を察して沈黙が流れる。
「相手の女性は?」
「……悪い人じゃない」
けれどそういう問題ではないのだ。
こうした田舎特有の凝り固まった思想から突き付けられる制約や強要は今に始まった話じゃない。次の代もそのまた次の代も親との関係を絶って飛び出す覚悟でない限りは蜘蛛の糸に絡め取られたように拘束され続ける。それが自分たちにとって当たり前だったばかりに顔色ひとつ変えずに我が子にさえ同じ呪いをかけてしまう。道連れにしてしまう。
「……そっか」
彼の家系は複雑なものだと聞いていた。分家だとか宗家だとかで分かれていて──分家のトキは宗家の長男である兄に頭が上がらないらしく学校の廊下ですれ違う時も顔を俯かせていたのを覚えている。
……卒業したら、家を出るのだと。
意気込みを見せていた春先の彼が懐かしい。
「儘ならないものだな」
トキは自嘲気味に薄ら笑う。
「私も。……お前も」